Artists

ウラディーミル・スピヴァコフVladimir Spivakov

指揮

Profile

ウラディーミル・スピヴァコフは多方面で偉大な業績を築く、真に注目に値する音楽家である。彼は卓越したヴァイオリニストであり、ソリストとして世界中の音楽都市に登場。客演指揮者としてもロサンゼルス・フィルハーモニックやロンドン交響楽団ほか、高名なオーケストラと共演。さらに、彼のリーダーシップのもとで世界有数の室内合奏団に数えられるに至ったモスクワ・ヴィルトゥオーゾの創設者、指揮者及びソロ・ヴァイオリニストでもある。スピヴァコフは、かつてロシア・ナショナル管弦楽団の芸術監督及び首席指揮者を務め、ヨーロッパ、アジア、北アメリカへのこのオーケストラの演奏旅行を成功に導いた。彼は近年、新しくモスクワに創設されたオーケストラ、ロシア・ナショナル・フィルハーモニー交響楽団(NPR)の芸術監督及び首席指揮者となった。このオーケストラはロシアの最高の音楽家を集めて作られたもので、2003年9月、スピヴァコフがNPRの最初の演奏会を指揮した。同年11月には、ジェシー・ノーマンをゲストに迎えたモスクワ国際音楽祭「ウラディーミル・スピヴァコフは招く…」を、NPRを指揮して開催した。 

彼はまた良心的音楽家であり、多くの人道的活動を展開している。その活動内容は、楽器を子供に提供することから、アフガン戦争や、アルメニア地震、さらにはチェルノブイリの犠牲者のための慈善活動に至るまで、実に多様である。 

モスクワ音楽院でユーリ・ヤンケレーヴィチに師事したスピヴァコフは、ロシアのきわめて優秀なヴァイオリニストとして認められ、1975年、ニューヨーク・フィルとの共演でアメリカ・デビューを果たす。その後間もなく、クリーブランド、ダラス、ピッツバーグ、サンフランシスコなどのオーケストラにソリストとして招かれた。一方、スピヴァコフの指揮者としての経歴は、輝かしい成功を収めた1979年のラヴィニア音楽祭でシカゴ交響楽団との共演からスタートした。この成功をきっかけに、彼はモスクワ・ヴィルトゥオーゾを創設することを決意。それは、ソ連の名門オーケストラの首席奏者を中心に、厳選されたトップアーティスト=ソリストのアンサンブルであり、現在でも、ロシア、ヨーロッパ、南米、北アメリカ各地へ定期的に演奏旅行を行っている。また、スピヴァコフは、1989年以降、フランスのコルマール国際音楽祭の音楽監督を務めている。 

指揮者として、セントポール室内管弦楽団、インディアナポリス交響楽団、バンクーバー交響楽団、コロンバス交響楽団、ロシア国立交響楽団、ローマ・サンタ・チェチーリア管弦楽団、ロンドン交響楽団、サンクト・ペテルブルク・フィルなどのほか、イギリス室内管弦楽団、スコットランド室内管弦楽団や、ドレスデン、ローマ、オランダの各室内管弦楽団などに客演。その一方でヴァイオリニストとしての演奏活動も継続しており、近年ソリストとして共演したオーケストラには、ニューヨーク・フィル、フィラデルフィア管弦楽団、シアトル交響楽団、サンフランシスコ交響楽団、ピッツバーグ交響楽団、シンシナティ交響楽団、モントリオール交響楽団、ヒューストン交響楽団、セント・ルークス管弦楽団、ロンドン交響楽団、フランス国立管弦楽団などがあげられる。 

2004-2005年シーズン、モスクワ・ヴィルトゥオーゾの10回目のアメリカ・ツアーに同行してアメリカを訪れ、指揮者、ソリストとして演奏した。また、36都市を回ったNPRのアメリカ・デビュー・ツアーもスピヴァコフが指揮をした。 

スピヴァコフはモスクワ・ヴィルトゥオーゾを指揮して、バッハ、ハイドン、モーツァルトから、ショスタコーヴィチ、シュニトケ、シチェドリンに至る数多くの作品をBMG/RCAレッド・シール・レーベルに録音しており、その点数は20枚以上にのぼる。また、彼はヴァイオリニストとして、ブラームス、プロコフィエフ、チャイコフスキーの協奏曲を、ユーリ・テミルカーノフ指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団と録音。また、シベリウスのヴァイオリン協奏曲およびアレクサンドル・クニャーゼフと共演したブラームスのヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲を、同じくテミルカーノフ指揮サンクト・ペテルブルク・フィルと録音している。さらに、ガーシュイン、ラヴェル、ドビュッシーの作品を取り上げたCD「なんでもそうとは限らない!」を制作。これら全てが RCAレッド・シールからリリースされている。 

CAPRICCIOレーベルでの最近のレコーディングの計画としては、フランク、ラヴェル、シュトラウスを取り上げるヴァイオリン・ソナタ集、ジェームズ・コンロン指揮のケルン・ギュルツェニッヒ管弦楽団との共演によるショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番、ベルクのヴァイオリン協奏曲、ハルトマンの"葬送協奏曲"の協奏曲集、モスクワ・ヴィルトゥオーゾとアレクサンドル・ギンジン(ピアノ)との共演による「アルフレート・シュニトケに捧ぐ」など。[2007年6月時点での]最新盤は、モスクワ・ヴィルトゥオーゾと国立モスクワ・アカデミー合唱団との共演によるアルヴォ・ペルトの作品集である。 

スピヴァコフはロシアの勲章"National Cultural Heritage Award"を受章、スイス・ダボス世界フォーラムの芸術大使でもある。旧ソヴィエト連邦の文化基金の理事として、多くのチャリティー・コンサートで演奏し、歴史的建造物を修復するための寄付金を募るとともに、スターリン体制の犠牲者や、チェルノブイリ原発の被害を受けた子供たちのための慈善活動にも関わった。1994年3月、彼は母国の才能豊かな若者や貧しい子供たちに創造の場を与え、経済的に支援するために、国際財団を設立。以来、財団は4000人もの子供たちに対して経済的・人道的な援助を行ってきた。212個の楽器が才能豊かな若い音楽家に寄贈され、800人の若い芸術家に奨学金が与えられた。また、3000以上のコンサート、250以上の美術展を主催した。さらにこれまで財団が支援した500人の若い才能が、その後、パリ、ニューヨーク、ロンドン、ボストン、ジュネーブ、マドリッド、ブダペスト、ワルシャワ、プラハなどの都市で開催される第一級の国際コンクールに入賞している。また90の複雑な外科手術にも援助が行われ、150人以上が医者の診察を受けることができた。 

スピヴァコフは数々の賞を受賞している。その中にはモントリオール・コンクール、ロン=ティボー国際音楽コンクール(パリ)、パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクール(ジェノバ)、チャイコフスキー国際コンクール(モスクワ)での優勝が挙げられる。1994年、彼の誕生日であった9月12日には、ロシア国際天文台により小惑星のひとつが"スピヴァコフ"と命名され、1802年にナポレオン・ボナパルトが創設した"レジオン・ド・ヌール勲章シュバリエ(Les Insignes de Chevalier de la L?gion D'Honneur)が授与された。また、2002年12月ロシアにて年間最優秀アーティスト賞を受賞、2006年11月にユネスコ平和芸術家に指名された。 

 ウラディーミル・スピヴァコフは、近年、モスクワ国際舞台芸術センターのセンター長に任命された。同センターは、モスクワ市が拠出した2億ドルにより建設されたもので、ロシアではほぼ1世紀ぶりとなる新設のクラシック音楽ホールである。