コンサートイマジン
蝶々夫人 1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 特集

インタビュー&文
内田麻衣子◎モーストリー編集部
いしい・もとこ
都市照明からライトパフォーマンス、光のオブジェなど幅広い光の領域を開拓。照明デザイナーという分野で世界を舞台に活躍している。東京タワー、レインボーブリッジ、明石海峡大橋、姫路城、白川郷合掌集落など数多くの照明デザインを手掛け、2004年にはサントリーホールオペラ「トスカ」で美術・衣裳の分野にも進出し、才能を発揮した。愛知万博では照明プロデューサーを務める。著書に「光未来」、「光の21世紀」、「光の創景」、「光無限」などがある。日本照明賞、東京都文化賞をはじめ、北米照明学会より大賞および優秀賞を受賞するなど国内外での受賞多数。2000年、紫綬褒章を受章。
ニコラ・ルイゾッティ
Nicola Luisotti
1961年、イタリア・トスカーナ生まれ。ヴェネツィア・フェニーチェ歌劇場の合唱指揮者を経て、89/90年シーズンはミラノ・スカラ座でリッカルド・ムーティ、ロリン・マゼールの副指揮者などを務めて研鑽を積む。2000年にはトリエステのジュゼッペ・ヴェルディ歌劇場で「スティッフェリーオ」を指揮して絶賛を浴び、01年にはヴェローナ音楽祭で「ナブッコ」、シュトゥットガルト州立歌劇場で「イル・トロヴァトーレ」を指揮して大成功を収めた。03年にはパリ・バスティーユ歌劇場に「椿姫」を指揮して鮮烈なデビューを飾るなど、イタリア・オペラ界の次代を担う指揮者として期待を集めている。

インタビュー&文
田中良幸◎モーストリー初代編集長

「ある晴れた日に」など有名なアリアの時には、
 “さぁ! 待ってました!”と言わんばかりに、
照明で舞台にメリハリをつけていきたい

 

――2001年に東京、長崎、神戸で上演され大成功を収めた「蝶々夫人」の待望の再演が2005年7月に愛知万博、そして8月に東京文化会館で行われます。
 2001年の初演から4年という年月を経ての再演になりますので、時代の風を取り入れ、コンセプトにのっとりながら、よりよいものにしていきたいと考えています。
 前回、光による場面転換の点で反省がありましたので、「ある晴れた日に」など有名なアリアの時には、“さぁ! 待ってました!”と言わんばかり照明で、舞台にメリハリをつけていきたいと考えています。

――大成功を収めた作品の再演となると、観客からより多くを求められることになります。
 前回は、日伊共同制作公演だったので、もう1冊の本になりそうなほど色々なことがありました(笑い)。実は、照明の最終調整を終えたのは、開場の20分前でした。
 その時のことを思い出すと今も胃が痛くなるのですが、イタリア側の演出家が照明の最後の仕上げになかなか取りかかってくれなかったんです。なんと言ってもイタリアですから、「客は待たせればいい」といった調子で。3公演とも微調整をしながら乗り切ったという感があります。
 また、会場も東京、長崎、神戸と1回ごとに変わったものですから、照明の調整をするだけでも本当に大変だったんです。言ってみれば今回初めて本番を迎えるようなものです(笑い)。

――基本的なコンセプトは前回とは変わらないのでしょうか。
 そうですね。前回は彫刻家の安田侃さんが手掛ける舞台美術をいかに美しく見せるかということに主眼を置き、非常にきめ細かく光の変化をさせていただけましたので、今回も安田さんの作品の変化を、光でフルに見せていきたいと思っています。

――音楽を聴くかのように、光が変化して流れる石井さんの照明は、従来の舞台にはない照明です。
 従来のオペラの照明は、ある場面で色を決めると、それが次の場面になるまで一定で、わりと変化しない、というパターンが多いようです。光が水に映るがごとく動き、変化していく、こういった私の光の特徴は、現代のコンピューター操作があって初めて実現出来たものなので、従来の舞台とは異なる、現代ならではの舞台を楽しんでいただきたいですね。

――安田侃さんの真っ白な彫刻を彩った光に並んで、闇をうまく使われたという印象があります。
 安田さんの作品が美しい白でしたので、うまく光を当てると同時に、その相対する闇をうまく使うことが出来たのかもしれません。実は主だった場面を全部、後々の参考のために照度のデータを計ったんです。そうしたらびっくりするほど照度が低かったんです。観客があれだけ集中した舞台だったからこそ、照度が低くても、見ていただけたのでしょう。

――「蝶々夫人」の登場人物によってテーマの色を設けることはなさらないんですか。
 蝶々さんの赤いコスチュームというのが一つのクライマックスですので、そこを見せるためにも、人物によって色を固定してしまうことはありません。場面によってテーマの色を設けることはあります。前回、“花の二重唱”の場面では鮮やかなピンクの光で満たし、そこに花吹雪が舞うという演出だったのですが、あの照明は色々な方からお褒めいただきました。

――余韻が残る最期も印象的でしたが、安田さんの大きな彫刻が天から降ってくる、あれほどドラマティックな幕開きはないと思います。
 私が観たオペラ公演の中でも最も感動的な幕開きでした。それに、今回は非常に豪華なキャストが揃っています。2004年のサントリーホールオペラ、プッチーニ「トスカ」で美術・照明・衣裳を担当させていただいたのですが、その時にタイトルロールを歌ったドイナ・ディミートリゥさん、指揮のニコラ・ルイゾッティさんとまたご一緒出来るのは本当にうれしいことですね。
 ルイゾッティさんの「トスカ」はリハーサル、本番と聴かせていただきましたが、本当に彼の指揮には酔わされました。イタリア・オペラを振るために生まれてきたような人なので、彼のプッチーニはきっと素晴らしいものになると思います。


蝶々さんは日本以外の土地、ヨーロッパやアメリカを夢見て、今の場所から逃げ出したいと思っている子供なんだ、と私は感じています。ある女性が一つの価値観から逃れようとする物語は、何も日本人だけの問題ではなく、普遍的な物語だと思います。

 

――「蝶々夫人」は日本を舞台にした作品ですが、どんなところに日本的なものを感じますか?
 そう感じるところはたくさんあるのですが、私にとって最も印象的なのは、第一幕で蝶々さんを囲んだ芸者たちが「Uhー蝶々さん」と歌う場面ですね。
 その場面はとても美しく、私は京都を連想します。プッチーニも、“芸者”を感じたからこそこの場面を入れたのだと思います。芸者だけが「Uhー」と歌うところは、日本の独特なカラーを象徴していると思いますね。

――「蝶々さん」のキャラクターについてはどうですか。
 この「蝶々夫人」自体は、物語は非常に西洋的であると思います。まだ幼い少女である蝶々さんは日本人でありたくない、外国とかかわりたい、ある意味で日本人であるための独特の教育に疲れている、そんな女性ではなかったのかと感じます。
 蝶々さんは日本以外の土地、ヨーロッパやアメリカを夢見て、今の場所から逃げ出したいと思っている子供なんだ、と私は感じています。ある女性が一つの価値観から逃れようとする物語は、何も日本人だけの問題ではなく、普遍的な物語だと思います。

――相手役であるピンカートンはどうですか。
 彼は、とんでもない野郎です(笑い)。例えば、彼はオペラの最初で「これはちょいと軽くする結婚だ」と言い、忠告するシャープレスに耳も貸さず、「アメリカ万歳」と乾杯することから、彼の不真面目さがよく分かります。彼は典型的なエゴイストな男性ですよ。慰み者に幼い少女を使うのは今日の世の中で12、3歳の少女に性犯罪をするのと同じようなことですね。
 若気の至り、という言い逃れが出来るかもしれませんが、そういった人生を最後まで反省することなく過ごしています。ピンカートンはケイトがいるから反省しているのであって、決して蝶々さんを見つめることなく終わってしまう。彼が道を踏み外した人間であると位置付けられていることはそこに象徴されています。

――音楽の中にその特徴は表現されてますか?
 いえ、されていません。歌詞の中にはありますが、音楽は反対で、ピンカートンの音楽は素晴らしいんです。甘い言葉で誘っているようです。旋律が美しくないと、人は騙せないということを示しているようですね(笑い)。

――作品に登場する他のヒロインに比べると、蝶々さんはどんな位置付けでしょう。
 プッチーニの作品の全てのヒロインを見てみると、あどけなさを持ち、純粋であるのは蝶々さんと「トゥーランドット」のリュウだけだと思います。
 「ラ・ボエーム」のミミ、「外套」のジョルジェッタ、「トスカ」のトスカ、「つばめ」のマグダ・ド・シヴリィは、蝶々さんやリュウのような純粋さは持っていません。蝶々さんは何かを純粋に信じきる一人の少女ですが、ミミは違います。もっと色々なことに慣れているんです。そう比較してみると、蝶々さんには他のヒロインたちに無い純粋さを持っているということです。
 蝶々さんの持っている強さは、自分の信じた道を真っ直ぐ歩いていくところにあります。それがたとえ悲劇だとわかっていても、自分の信じた愛を最後まで信じるのです。そしてプッチーニは、根本的に「蝶々夫人」のストーリーを愛していたのだと私は考えます。

――蝶々さんは子供を残して死を選びます。
 興味深い質問で、同時に答えるのが非常に難しい質問ですね(笑い)。ただ、私は、そのヒントはやはり子供の存在にあると思います。と言うのも、プッチーニのヒロインの中で、子供がいるのは、蝶々さんだけですから。やはり、その子供との関係を考えないわけにはいきません。
 そう、私は、子供の将来を思うが故の死ではなかったか、と思います。自ら、子供の将来にとって邪魔になる自分という存在を消すんです。自分が身を引くことで、逆に子供のその後の人生が開けていくだろうという願いを込めて…。

――この作品を指揮する時に、最も気を付けていることは何ですか。
 「蝶々夫人」に限らず、オペラを指揮する時に大切なのは、楽曲や物語を“生きた物”にするように作り上げることです。音楽的な部分で言うと、楽譜に徹底的に忠実であるということです。
 例えば、「フォルテ」と書いてあったら、物理的に大きな音を出すということだけではなく、それを聴いている人がその表現に力を感じてくれるものにしなければならないし、「ピアノ」と書いてあったら、音を小さくするのはもちろん、今度は音楽と言葉のバランスというものに目を向けなくてはなりません。
 つまり、楽譜の強弱記号は、音の強弱を表しているだけではなく、物語を展開させていくための意味をそれぞれ持っているわけです。

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